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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)64号 判決

新潟県上越市本町二丁目四番一〇号

控訴人(選定当事者)

櫛笥信一

右選定者

別紙選定者目録記載のとおり

右訴訟代理人弁護士

高橋利明

東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地

被控訴人

日本橋税務署長

高橋照忠

右指定代理人

島尻寛光

平田昭典

島田三郎

中川精二

右当事者間の昭和四九年(行コ)第六四号相続税更正処分等取消請求控訴事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を次のとおり変更する。(1)被控訴人が昭和四一年七月一二日付で控訴人を含む別紙選定者目録記載の選定者ら(以下「控訴人ら」という)に対してした昭和三九年八月五日相続開始にかかる相続税の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも裁決により減額されたもの)を取り消す。(2)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

一  原判決手形表16の額面三三〇万円の約束手形は蔦谷亀太郎に帰属するものであり、かりにそれが一臣に帰属するものであったとしても、同人は占有中の一連の樋口関係の約束手形債権中から金三〇〇万円を蔦谷に返還しなければならない関係にあるから相続開始時の一臣の樋口に対する債権額から三〇〇万円を減ずべきである。

二  かりに渡辺正及び宇尾野直からの借入金について、貸付の際利息についての明確な約定がなかったとしても、金融業者である渡辺正からの借入金については年六分の割合による利息(一臣はもとより金融業を営む商人である)が、また非商人である宇尾野直からの借入金については年五分の割合による利息が付されることは商法五一三条、五一四条及び民法四〇四条等の規定によって明らかである。右両名に対する一臣の債務について、相続開始日までの商法及び民法各所定の法定利率による利息額を算出すると、別表記載のとおり渡辺正に対する未払利息総額は一一七万一二九円、宇尾野直に対するそれは一七万五、四九七円となるから、その合計額である一三四万五、六二六円は一臣の相続財産より控除されるべきである。

(被控訴人の主張)

一  控訴人の主張一は争う。

二  控訴人の主張二について 相続税の課税価格の計算上控除の対象となる債務は、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」であって、かつ「確実と認められるもの」に限られる(相続税法一三条一項、一四条一項)。借入金債務が確実な債務であるというためには、少くとも貸付元本の返済期限、利息の利率、支払日等が明確で、かつ債権者が相続開始日現在においてこれを請求することが確実であるものに限られるべきである。ところで商法五一三条一項によれば、「法定利息を請求することを得」とされ、請求するか否かは債権者の任意であり、また宇尾野直は商人ではなく、商人間のみに適用される商法五一三条の適用はなく、利息債務が当然に発生するとの法律上の根拠はないから、控訴人の主張は失当である。また渡辺正及び宇尾野直からの借入金については、原判決が認定するように、その借入の動機は当事者間の個人的な親交ないし友人関係によるものであり、貸付元本の弁済期や利息についての約定はなく、ただ一臣が樋口から担保にとった土地建物が有利に売却処分されたときは、その利益の中から若干の利益を分配する旨別に話合があったに過ぎないから、控訴人主張の法定利息債務は相続開始時において確実な債務とはいえず、また現に控訴人らの本件相続税の申告の際にも、これを債務として記載していないばかりか、相続開始日後において右両名に対し右利息が支払われた事実もないから、右利息債務は相続税法一三条の控除の対象となる債務に該当しないことは明らかである。

(証拠関係)

控訴代理人は当審において甲第三一号証を提出し、当審における証人加藤康夫、同関根登の各証言及び控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第二〇号証の成立は不知、同第二一ないし第二三号証の各一ないし三の成立を認めると述べた。

被控訴代理人は当審において乙第二〇号証、第二一ないし第二三号証の各一ないし三を提出し、当審証人今村輝の証言を援用し、甲第三一号証の成立は不知と述べた。

理由

当裁判所は当審における弁論及び証拠調の結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求は原判決認容の限度をこえるその余は失当としてこれを棄却すべきものと判断するものであって、その理由は次のとおり付加するほか、原判決理由において説示するところと同一であるからこれを引用する。当審における証人加藤康夫の証言及び控訴人本人尋問の結果中右に引用した原判決の認定に抵触する部分はたやすく借信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

一  控訴人は原判決手形表16の額面三三〇万円の約束手形は蔦谷亀太郎に帰属するものであり、かりにそれが一臣に帰属するものであったとしても、同人は占有中の一連の樋口関係の約束手形債権中から金三〇〇万円を蔦谷に返還しなければならない関係にあるから、相続開始時の一臣の樋口に対する債権額から三〇〇万円を減ずべきであると主張するが、右16の手形が蔦谷に帰属するものでないことは右に引用した原判決の認定のとおりであり、この点に関する右証人加藤康夫の証言及び控訴人本人尋問の結果は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。かえって当審証人今村輝、同関根登の各証言によって成立の認められる乙第二〇号証、成立に争いのない同第二一、二二号証の各一、二及び右各証言によれば、蔦谷の樋口に対する出資分一五〇〇万円に対応する手形として、別に樋口振出蔦谷を名宛人とする額面一〇〇〇万円、二〇〇万円、二〇〇万円、一〇〇万円の四通の手形が存在していたことが認められ、これからすれば一層右16の手形は蔦谷に帰属せず、一臣に帰属するものというべきである。また右証人加藤康夫の証言によって成立の認められる甲第三一号証、右乙第二〇号証、成立に争いのない甲第一九号証、乙第二一ないし第二三号証の各一、二、右証人加藤康夫、前掲証人今村輝、同関根登の各証言及び弁論の全趣旨を合わせれば、蔦谷亀太郎は一臣を通じて樋口に対し一五〇〇万円を貸付けていて、右の樋口振出蔦谷あて額面一、〇〇〇万円、二〇〇万円、二〇〇万円、一〇〇万円の四通の手形を所持していたところ、後に一臣の差替の要求により同人に右手形を渡し代りに同人振出の一、五〇〇万円の手形を受領したこと、一臣死亡後蔦谷及び控訴人らにおいて抵当権の実行をするに当り昭和四一年八月蔦谷の代理人加藤弁護士が控訴人に要求し事情を知らない同人から甲第三一号証記載の一〇通の手形(この中に右四通の手形のうち額面一、〇〇〇万円と二〇〇万円の手形のほかに右16の手形が含まれている)を受領したことを認めることができる。控訴人はこの事実からして一臣は右四通の手形ののうち加藤弁護士が控訴人から受領した額面一、〇〇〇万円と二〇〇万円の手形を除くその余の額面二〇〇万円と一〇〇万円の手形債権に相当する金三〇〇万円を蔦谷に返還しなければならない関係にあるから、相続開始時の一臣の樋口に対する債権額から三〇〇万円を減ずべきであると主張するようであるが、右認定事実によれば、蔦谷が所持していた四通の手形は一臣振出の額面一、五〇〇万円の手形と差替えられたものであり、その後右一、五〇〇万円の手形及び右四通の手形のうち額面二〇〇万円、一〇〇万円の手形はどのように移動し決済されたものか本件全証拠によっても明らかでないのであるから、直ちに控訴人が主張するように一臣が蔦谷に対し額面二〇〇万円と一〇〇万円の手形債権に相当する金三〇〇万円を返還しなければならない関係にあるとはいえず、そうとすれば相続開始時の一臣の樋口に対する債権額から三〇〇万円を減ずべきであるということにはならない。従って控訴人の右主張はいずれも理由がない。

二  控訴人はかりに渡辺正及び宇尾野直からの借入金について、貸付の際利息についての明確な約定がなかったとしても、相続開始日までの商法又は民法所定の法定利率の割合による別表記載の利息額は一臣の相続財産より控除すべきであると主張するが、この点については被控訴人主張のとおりであり、相続税の課税価格の計算上控除の対象となる債務は、「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」であって、かつ「確実と認められるもの」に限られるところ(相続税法一三条一項、一四条一項)、商法五一三条一項によれば、「法定利息を請求することを得」とあって、それを請求するか否かは債権者の任意であり、また民法では特約がないと消費貸借は利息を生じないのである。(民法五八七条)。ところで右に引用した原判決の認定によれば、渡辺正は過去において一臣から商売上の世話を受けるなど一臣と親交関係にあり、また宇尾野直は一臣とは同郷出身で長年友人関係にあった関係でそれぞれ貸付がなされたものであって、いずれも貸付元本の弁済期や利息についての明確な約定はなされず、ただ一臣が樋口から担保にとった本件土地建物が有利に売却処分されたときは、その利益の中から若干の利益を分配する旨の約定がなされたに過ぎないのであり、そして右両名とも相続開始日後貸付元本の返済のみで満足し、右両名に対し利息が支払われた事実もなく、また現に控訴人らの本件相続税の申告の際にもこれを債務として記載していないのであるから、控訴人主張の法定利息債務は相続開始時において債務として存在していないか(宇尾野直について)または確実な債務とはいえず(渡辺正について)、相続税法一三条の控除の対象となる債務に該当しないものといわざるを得ない。従って控訴人の右主張は採用できない。

よって原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 鰍沢健三 裁判官 輪湖公寛)

選定者目録

新潟県上越市本町二丁目四番一〇号

櫛笥信一

同所

櫛笥マスノ

東京都葛飾区青戸町六丁目二七番一一号

斎藤トミエ

同都渋谷区幡ケ谷二丁目四番一三号五協荘内

斎藤京子

新潟県上越市大字土橋九三一番地の八

櫛笥サチ子

別表

未払利息計算表

一 渡辺正関係

〈省略〉

二 宇尾野直関係

〈省略〉

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